今年5月から6月にかけて、小田原駅東口図書館で「私の好きな場所」をテーマに絵画展を開催していただいた、小田原市在住のたなかきょおこさんにお話しをうかがいました。
1か月間にわたる絵画展と先日の公開制作、お疲れ様でした。絵画展へ多くの方に来ていただき、また公開制作も大変盛況なイベントになりました。人前で描くことにとても慣れているように感じたのですが、公開制作の感想をお聞かせください。
たなか:360度人に囲まれて、しかも質問に答えながらの制作というのは初めてでした。そんなに緊張はせずに制作することができ、みなさんに喜んでもらえたようでほっとしましたが、終わった後でどっと疲れが出ました。もし機会があれば1時間位でまたやってみてもいいなと思っています。
卵のパックをパレット替わりに使うというのは、たなかさんのアイディアですか。
たなか:そうです。平らなパレットと違い、絵の具が流れないので便利なんです。
たなかさんに選んでいただいた本を展示した「たなかきょおこさんの本棚」もすぐに貸出しになる本が多かったです。
たなか:子どもの頃から本が好きなので、図書館入り口の一等地に私の本棚を置いていただけてとても光栄でした。また、小さい頃大好きだった絵本を久しぶりに見ることができて感慨深かったです。
それでは、絵や小田原についてお聞きします。ご出身は小田原ではないですよね。
たなか:小田原に住んで5年になりますが、高校まで徳島県です。でも、小学生の頃から徳島をでたいと思ってまして、大学生のとき神戸で一人暮らしを始めました。
小学生の頃から(笑)!大学は美術に関係する学部ですか。
たなか:いえいえ、法学部です。
法学部!?今のご職業からは想像がつきません。大学卒業後は?
たなか:服がすごく好きだったこともあって、大阪のアパレル会社に就職しました。仕事は広告関係だったのですが、東京出張とか東京での仕事が多くて、知り合った東京の人にたなかさんは東京の方が合っているといわれて、それじゃあっと、3年半勤めた会社を辞めて、就職先も決めないまま東京にでました。
それはまた大胆な行動です。
たなか:上京して半年間はブラブラしていました。大阪の会社では、デザインを依頼する側でしたが、形になるものを作るのが楽しかったし、描く側になりたいと思っていました。小さい頃から絵は好きで、絵を描きたいという気持ちはずっとあったのですが、忙しさから現実逃避なのかな、という思いもあって、ちょっと気持ちを落ち着けるための半年間だったんです。それでもやっぱり絵が描きたいという気持ちがあったので、セツ・モードセミナー(※1)に3年通いました。
セツを選んだ理由はありますか。
たなか:無試験だし(笑)、仕事をしながら通える夜間部があったので。
ということは、もう仕事も始めていたんですね。
たなか:英語が得意だったこともあり、残業が少なくて、お給料も比較的よい貿易会社に勤め始めました。
セツは楽しかったですか?
たなか:夜間部は社会人も多く、とても楽しかったです。趣味が合ったり、絵の話ができる仲間ができて、学生時代がもう1回戻ってきた感じでした。
イラストを仕事にしようと思ったのはこの頃ですか。
たなか:イラストを仕事にしようと思っていたわけではないのですが、セツで知り合った仲間とグループ展をしたりしていました。その後も趣味の範囲で絵を描き続けていましたが、結婚とか出産とかあって、絵どころではなくなってしまい、2年くらい絵を描かない時期がありました。子どもが2歳くらいになったときにもう一度絵を描きたくなって、MJイラストレーションズ(※2)に入りました。
どうしてMJで勉強しようと思ったのですか。
たなか:いいなと思うイラストレーターが、MJ出身の方が多かったからです。でもそのときはイラストではなく絵を描きたいと思っていたので、イラストの世界を詳しく知りませんでした。失礼ながら峰岸達先生のことも知りませんでした。先生のすごさもわかりませんでしたが(笑)、あとあとしみじみわかるようになりました。
MJではどんな勉強をしたのですか。
たなか:セツとは違い毎回課題がでて、課題の講評を峰岸先生にしていただくという感じでした。ゲスト講師の編集者やイラストレーターの方にファイルを見てもらうこともありました。MJでは、仕事としてやっていく実践的なアドバイスをもらいました。イラストの仕事をすでにしている人も受講していましたので、実際の仕事を直接見られるし、直接話も聞けたので、MJに行かなければイラストを仕事で、とは考えなかったと思います。
最初の仕事はMJがきっかけですか。
たなか:最初の仕事は、たまたまグループ展に来た方が依頼してくれました。「そんなことはなかなかない」と先生にもいわれましたが、運よく仕事になりました。MJイラストレーションズブック(※3)を見た方からの依頼もありました。
その後は順調に仕事をされてきたんですね。
たなか:いえいえ。ほぼ仕事はありませんでしたが、もっとゆっくり絵を描きたいと思って会社を辞めてしまい、その1年後に小田原に引っ越してきました。
小田原を選んだ理由は何ですか。
たなか:自然が多いところ、海に近いところに住んでみたかったというのもあります。都会の生活も捨てがたかったので、東京との行き来が簡単にできるというのもよかったです。当初は鎌倉とか逗子とか考えていましたが、1路線しかないので不便(笑)
決め手はそこですか(笑)クリエイターには鎌倉好きな方が多い気がします。
たなか:小田急線も新幹線もありますし。あと、小田原のガツガツしていないというか、のんびりした空気が気に入りました。
引っ越す前に何度か小田原に来ましたか。
たなか:2回です。1回は旅行の帰りに寄って、そのあとふらっと遊びに来てその直後に決めました。
きっとお子さんを育てる環境にもいいと思われたんですね。
たなか:そうですね。小田原の前は新宿御苑の近くに住んでいたんですが、歩いて10分で新宿の繁華街に出られる場所で、あまりにも便利でしたが、ここで子どもが大きくなるのはどうなのかなと思っていました。
小田原を描くようになったのは、小田原に住んでからですか?
たなか:小田原に来てすぐ後に、「街と人」というテーマのグループ展で初めて小田原の建物を描いて、評判がよくて、自分でも描いていて楽しくて、小田原の町とか風景を描くようになって、それがだんだん広がったという感じです。せっかく小田原を描いたので、小田原で個展を開きたいと思ったので、知り合いに場所を紹介してもらい、小田原での個展が増えました。最初は麦踏という根府川のパン屋さんとか、内野邸という元醤油屋さんの蔵とか、古民家での個展が多かったです。絵の雰囲気とも合っていました。清閑亭でも個展をして、そのときに小田原の切手の依頼がありました。
今回の絵画展ではヨーロッパの絵も多かったですね。
たなか:もともと小田原に来る前は、海外の絵が多かったです。旅行が好きだし、ヨーロッパの街並みが好きなので、かなりたくさん描いていました。今も継続して描いています。
旅行好きなのは前からですか?
たなか:子どものころから好きでした。10代、20代にはフランスとかイタリアにも行ったんですが、絵を描いていない時期に行っていたので、その時の絵はあまりないです。
今回は「私の好きな場所」というテーマでの絵画展でしたが、これまでの旅行で印象に残っている国や場所があったら教えてください。
たなか:MJに通い始めた後に訪れたギリシャのサントリーニ島、バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)、クロアチアは街並みが本当にかわいくて印象に残っています。これらの国々は絵もたくさん描いています。これからも絵のモチーフとして描いていきたい場所です。
小田原で特に好きな場所はありますか。
たなか:一番好きな場所はやはり御幸の浜です。早朝・日中・夕方・月が昇る頃、そして季節問わず、いつも行っていて、その度に違う表情を見せてくれるので、御幸の浜の絵もものすごく多いです。
小田原の絵でも感じますが、建物をモチーフにした絵が多いですね。
たなか:そうですね、古い建物が好きです。小田原でもまだ描けていないところもあるので、これからも少しずつ描いていこうと思います。
たなかさんの絵からは昭和の雰囲気を感じますが、意識していますか?
たなか:そういうわけではありませんが、好きな建物が、大正とか、震災後に建てられたものが多くて、レトロ感とか懐かしい感じをだしたいわけではないのですが、ヘタだし、緻密に正確に描けるわけではないので、よくいうと「味がある」とよくいわれるのですが(笑)、それがレトロな雰囲気に結果的になっているんだと思います。
ヘタ?
たなか:絵が平面的で、美大出身の方からはデッサンがおかしいとかいわれたことがあります。
70年代ならともかく、今は絵の魅力にデッサン力があるとかないとかは関係ないと思います。たなかさんの絵の味をだしているアクリル(※4)の不透明水彩ははじめからですか?
たなか:いいえ、セツの頃は水彩絵の具しか使ったことがなかったのですが、アクリルを使ってみたら、なんて便利なんだと。せっかちな性格なので、集中して一気に描ける速乾性の絵の具は自分に向いてると思いました。
好きな画家とかイラストレーターはいますか。
たなか:画家では、ミロとかカンディンスキーとかが好きです。
ん~、今の画風からは想像がつきません。
たなか:小さい頃はスーラが好きでした。小学校の頃感動してスーラの点描をまねたりしてました。
小学校の頃から?それは早いですね。
たなか:母に美術館によく連れていってもらい、小さい頃から絵は観るのも描くのも好きでした。徳島から近い倉敷の大原美術館は好きでした。大原美術館で観た絵はけっこう記憶に残っています。印象派とか風景画の影響は受けているかもしれません。イラストレーターでは、マツモトヨーコさんがすごく好きです。谷内六郎も好きです。
谷内六郎の絵の雰囲気はたなかさんの絵に繋がっているような気がします。今でも美術館には行きますか?
たなか:最近ではDIC川村記念美術館や東急Bunkamuraのミロ展にも行きましたし、絵を観るのが好きなので今でも美術館にはよく行きます。
今後の活動について教えてください。
たなか:絵描きとして続けていきたいというのと、知らない場所に行くとか、移動するのがすごく好きなので、旅先で絵を描いて、描いた場所で個展ができればいいと思っています。
※1 セツ・モードセミナー
長沢節(1917~1999)主宰の美術学校。カリキュラムはコスチュームデッサンと水彩画が中心。1980年代にはセツブームが起こる。2017年4月閉校。
※2 MJイラストレーションズ
イラストレーター峰岸達氏が2005年より主催している塾。各種イラストレーションコンペの上位入賞者を多数輩出。
※3 MJイラストレーションズブック
MJイラストレーションズの卒業生、在塾生から選抜されたメンバーの作品ファイル。
※4 アクリル絵の具
アクリル樹脂を固着材に用いた絵の具で、一度乾燥すると耐水性を示すため、重ね塗りに便利。多くの画家、イラストレーターが使用している。